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2009年1月

「卒業ホームラン」を読んで

重松清さんの本で「日曜日の夕刊」という本の中にある短編小説「卒業ホームラン」を読みました。

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9B%9C%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%A4%95%E5%88%8A-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%87%8D%E6%9D%BE-%E6%B8%85/dp/4101349142/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1233025914&sr=1-2

恥ずかしながら私はこの本の存在を知りませんでした。小学校の授業でとりあげられるなど、有名な小説らしいです。ストーリーは、こんな感じです。

小学校6年生の智の父は、智の所属する野球チームの監督である。卒業を間近に控えた日曜日、20連勝を賭けた最後の試合を迎えた。智は上手ではないことから、今まで一度も試合に出たことがない。父は、最後の試合に出場するメンバー表に補欠として我が子を登録するかどうか迷ったが、連勝がかかっていたこともあり、6年生の部員の中でただ一人外した。試合は、大量リードされてしまった。最後の試合だったので、補欠の選手も出してやることにした中、智はメンバー登録されてなかったので最後まで出場は叶わなかった。試合が終わって、「中学校に入ったら、部活はどうするんだ?」と聞く父に、「野球部、入るよ。」と答える智。「三年生になっても球拾いかもしれないぞ。そんなのでいいのか?」と確認する父に、智は「いいよ。だって、僕、野球好きだもん。」ときっぱり答える。

少年野球の監督をしている父と息子の物語です。親の言動等は少々オーバーに表現されているかなと感じますが、監督でありながら父親という立場から、他の選手の家族に気をつかってしまう、という心理は共感を覚えます。私の2人の息子も、その時のチーム事情で小学生時代は色々なポジションをやっていました。なぜか2人とも6年の時はキャッチャーだったのですが。あとで聞きましたが、本当はやりたいポジションがあったらしいです。今は監督を離れたので、こういう葛藤からも解放されましたが。

私はこの本を読んで、涙がでてきました。試合にでれようがでれまいが好きな野球だからやりたい、という純粋な気持ちに心を打たれました。練習は嘘をつかない、努力すれば報われる等色々私も選手達に声をかけてきましたが、思うように結果がでないこともあります。「がんばったって良いことはない」中学生になればそういう思いもでてきます。そういう壁にぶつかったとき、どういう声がけをしたらいいんだろう。親として大変考えさせられた一冊です。機会あれば是非読んでみてください。

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少年野球の目的とは?

 少年野球とはいわゆる子供の野球です。野球を通じて、団体活動におけるマナーや協調性を養うことが目的です。それが達成できれば、勝ち負けは二の次なはず。私もだからこそ息子達に野球をやらせたわけですし、指導者に成り立ての頃も、野球を楽しくできればいいと考えていました。
 長男のチームは、メンバーをそろえるのに必死な状態だったので、試合をすることを目標に活動していました。次男のチームの監督を任された時、楽しく野球ができるチームづくりを心掛けました。低学年チームは、お父さん、お母さんの協力も得やすいので、大人も子供もたくさんの大所帯(選手だけで30名超えていました)で本当に楽しくできたと思っています。お母さんコーチを募って1年生の対応をお願いしたり、選手のお姉さんを募ってマネージャーになってもらい練習の手伝いをしてもらったり、多くの方の協力により活気あふれるチームづくりができたと思います。
 そういう取り組みが功を奏したのか、4年になると急にチームが強くなり、町田大会で3位入賞する等結果が出始めました。このあたりから、私は急に勝ちたくなってしまいました。一度結果を出すと、保護者の方も選手も勝ちを求めるようになる、と思い込みはじめました。本当に周囲にそういう期待があったかは定かではありませんが、私は少なくとも勝たねば、と力み始めたのです。色々な本を読んで練習方法や試合での戦いかたを研究したものです。とにかく勝ちたい、それしかありませんでした。
 しかし5年生では、結果を出すことができませんでした。私の力みが選手のプレッシャーになったのか、試合で実力を出せないチームになってしまったのです。選手の声のかけ方にも工夫をしてみました。試合で実力を出せないのはメンタル面が大きいと考え、すぐ落ち込む選手には喝を入れるために、徹底的に大きな声で叱るようにしました。ライオンが子供を崖から落とし、自分で這い上がるのを待つという感じであったと思います。今思うと、他の選手への対応とのバランスが悪かったと反省しています。周囲からすれば、えこひいき、と思われても仕方なかったでしょう。色々なことをやりましたが、全て逆の結果でした。チームの雰囲気も悪くなり、さすがにこのときは色々と悩みました。悩んだ結果、原点に立ち返ることにしたのです。
 6年チームになったとき、長男は高校の野球部に入部し、私自身高校野球を直接見る機会が増えました。試合を見ると、どんなに鍛えぬかれている選手でもエラーする、という事に気付きました。「こいつらでこうなんだから、小学生ができないのは当たり前。この子達が高校まで野球を続けたいと思えるように、野球を好きにしてあげることが一番大事だ。」と思い直すようにしたのです。私の肩の力が抜け、選手もリラックスできるようになったのか、6年チームでは町田大会ベスト8、町田団地大会ベスト8とまずまずの結果をだせたと思います。
 今振り返ってみると、楽しく野球をすることで団体活動におけるマナーや協調性を学ぶ、という少年野球の本来の目的を軸として絶対にぶらさないようにすることが、指導者として大事なことだと痛感します。小学生での野球は長い人生の中ではほんの一瞬です。その一瞬だけの勝利にのみ固執すると、色々なことが空回りしてきます。私は自分の失敗から、強いチームにする近道は野球大好きな「野球小僧」に選手達を変えていくことだと思います。野球小僧がすぐ結果を出すかわかりません。中学になって結果を出せるようになった私の長男の例もあります。でも野球が好きになれば、好きな事に対して選手は一所懸命取り組むようになります。選手によって伸びる時期は異なりますので、焦らずじっくり育てることが指導者にとって一番大事なことなのでは、と思います。
 昨年の6年チームの選手達は、ほとんどのメンバーが野球を続けてくれそうです。私は途中過程で失敗しましたが、結果的にみんな野球を続けてくれるようになった事が何よりも嬉しいです。

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指導者の子供

子供の入団をきっかけに、ユニフォームを着ている指導者は多いと思います。私自身もそうでした。私は、長男が小1~小5までコーチとして、小6は監督をやっていました。長男の小学部卒業と同時に、今度は次男のチームを小3~小6まで監督をやらせて頂きました。指導者として息子に接するにあたり、えこひいきしてはならない、とまわりの目をかなり意識してしまい、必要以上に厳しい言葉をかけていたと思います。息子達もまだ小さいときは、訳がわからず親のいいなりになっていましたが、高学年になってくると反発の気持ちが目覚めてきます。「なんでこんなことで怒られるんだ」「どうして俺ばっかり怒鳴られるんだろう」等々。私も色々な人から、「自分の息子に厳しすぎるのでは?」と指摘されつづけてきました。認識はするものの、どうにもできずにそのまま次男も小学部卒業してしまいました。
某高校野球部監督が、ある本にこういう事を書いています。
「息子がチームにいると接し方が難しい。厳しくして当然だから。長男なんか追い詰められて母親に何度もやめたい、と漏らしていたみたい。そんな時母親は、”自分がお父さんのチームでやりたいといったんでしょう。お父さんに負けてどうするの。”と手紙攻撃で励ましていた。」
この監督は親子鷹で有名な人で、監督として息子2人とも甲子園に出場させています。そんな人でも、息子との関係では苦労していたようです。
長男の高校野球の試合を見にいくと、息子が試合にでるとドキドキします。打てるかな、ボール飛ばなきゃいいな、エラーしたらどうしよう、など監督としてベンチにいると絶対に思わなかったことを考えてしまいます。でもそれが親の本音なんですよね。監督という立場を離れた今、息子をチームの一員としてしか見ようとせず、父親としての感性や役割りは二の次になっていたな、と反省しています。今までの週末は、RF活動を終え家に帰るとどっと疲れて何もできずにいて、息子とのコミュニケーションがとれていなかったと思います。RFの活動そのものがコミュニケーションであると思っていましたから。息子なりに、今日感じたことや父親に伝えておきたいこともあったでしょう。でも父親が監督しているから、という理由で我慢していたことも多かったと思います。RF監督から離れ最近気持ちに余裕ができたせいか、息子達とも色々な話をするようになりました。長男は野球部の寮にいますので話す機会は少ないのですが、それでも会えば試合での活躍ぶり、監督・コーチに叱られて悔しかったことをよく話してくれます。次男も今日の練習内容はどうだったとか、こんな活躍をしたなどを説明してくれます。指導者として週末息子と蜜なコミュニケーションがとれていたと自負していましが、かえって視野が狭くなっていたようです。指導者である前に父親なのだということを忘れてはいけないな、とつくづく感じました。
RF指導者の中には、週末RF活動を終えると家で反省会をやっているところも多いと思います。(私は疲れてしまいそんなことできませんでしたが)ついつい一方的なコミュニケーションになりがちですので、是非子供が感じたことを引き出してあげるようなコミュニケーションをしてみたらいかがでしょうか。私も遅ればせながら取り組んでみたいと思っています。

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RF練習に久々に参加

今年になってはじめてRFの練習に参加してきました。最近高校生を見てきたため、中学生がとてもかわいく思えました。今年はRFの練習に出ても、あまり怒ることはしないようにしようと思っていましたが、どうしてもこらえられません。グランドが住宅街にあり、あまり大きな声を出すと近隣からクレームでるため、声があまり出ていないことはこらえましたが、あまりにダラダラした態度をしている選手には思わず大声でどなりつけてしまいました。高校野球部と比較してはいけませんが、中学生の時にしっかりメリハリをつける練習しておかないと、高校野球では通用しないし相手にしてもらえません。高校野球の練習を見て強く感じます。しかし、悪い面だけではありません。主将はずいぶんしっかりしてきているし、新1年生もしばらくの間に驚くほど上達していました。守備範囲も広くなってきているし、バットの振りも鋭い。それになんといっても体力がついてきて、足がはやくなってきています。2月1日はIBAの新人戦で立川ファイターズとの公式戦があります。新1年主体の試合です。どんな試合をしてくれるか今から楽しみです。私もこの日はお手伝いするつもりです。ひさびさに見た選手達の笑顔で、また今週も仕事がんばれそうです。

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マラソン

今日は高校野球部のマラソン大会の手伝いに行ってきました。海岸の砂浜を選手達が10km走るんです。私もどんなもんかと、少し走ってみましたがきついなんてもんじゃありません。スタート前の監督の話を紹介します。

最初から手を抜かず自分の限界に挑戦しなさい。だれがどれだけ頑張ったかをしっかり見て、春のメンバー選考の参考にする。怪我で出場できない選手は、罰として1週間掃除担当にする。自己管理不徹底なのだから仕方がない。しかし、走れなくても仕事はあるはず。自分でそれを見つけてしっかりやっていれば評価する。選手全員が自分のやるべきことを全力ですることが甲子園につながる。絶対手を抜くなよ。

厳しい言葉でスタートしたマラソン大会。選手達は苦悶の表情をしながらも全員完走しました。最終ランナーがゴールする時は、選手みんなで一緒に走りながら後押し。どんなにハードなマラソン大会かと思いましたが、終ってみるととても爽やかで和やかな大会でした。大会終了後グランドに戻り表彰式。表彰された選手は、コメントと共に一芸をしなければなりません。緊張してできない選手もいるのではと思いましたが、コーチのものまねやはやりの芸人のネタを披露する等立派にできていました。

厳しいトレーニングの中にも笑いありで、選手達にとても元気づけられた一日でした。この明るさがあれば、今年のチームも大丈夫。期待したいと思います。

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親子での特訓

会社帰りに歩いていたら、あるアパートの下で母親の投げるやわらかいボールをひたすら打ち込んでいる小学生の親子の姿を見かけました。この寒い中本当に頭が下がります。みんなこうやって親子で努力しているんですね。今日見た親子の姿に、私も明日からの仕事に向けて活力をもらいました。

いよいよ受験シーズン到来です。RFにも受験を控えている選手がいます。特に去年まで一緒のチームだったK君。君ならきっと結果を出せる。必ず試合で結果を出す本番に強い選手でしたから。体調に十分気をつけて、思う存分試験で実力を出し切ってください。中3諸君も、良い結果が出ることを祈念しています。

成せば為る

高校野球で学んだ言葉です。自分が努力したことを信じてやろうとすれば、おのずと結果はついてくるという言葉の意味です。この言葉を信じて、野球部員達は甲子園を目指しています。この言葉を受験生にも送りたいと思います。

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軟式出身者は高校野球で通用するのか

中学に入ると、軟式以外に硬式という選択肢があります。硬式野球にも、シニア、ボーイズ、ポニー等様々なリーグが存在します。どちらを選ぶかは、子供や親の考え方によりますので、良いとか悪いとかの議論ではありません。RFは軟式チームです。卒団生の中でも、ロッテで活躍している荻野投手を始め、高校や大学で硬式野球に励んでいる選手が多数います。それでも、高校野球の強豪校では、硬式出身者が幅をきかせているのが現実です。一般的に軟式、硬式のメリットは以下の通りといわれています。

軟式:けがをしにくい、のびしろがある

硬式:ボールに慣れている、打撃力が最初からある

私も、高校の父母会の会合で「どこのシニアですか」と良く聞かれました。そのたびに、「町田にあるレッドファイヤーズというチームです。地元の軟式チームです」と答えています。しかし、「そうなんですか」でその後話がつながらないんですよね。私がその事を気にしているように見えたのか、ある高3選手の父親が私にこう言ってくれました。「軟式だからといって気にする必要はない。軟式の方がこの後伸びるよ。うちの息子も軟式なんだから。」と励ましてくれたのです。確かにその父親の息子は、野球部のエースとして活躍し甲子園に出場。そしてプロ野球選手になってしまいました。どんなのびしろなんだ、という感じですね。ジャイアンツに入った東海大相模の大田泰示選手も軟式出身だし、ハンカチ王子の早稲田大学斎藤佑樹投手も軟式出身です。

昨年のRF6年生は14人中8人がRF中学部に入ってくれます。他球団からも数名入りそうで、新1年だけでもチームがつくれそうな勢いです。胸をはって高校野球に飛び込むためにも、是非RF中学部で実績をつくり硬式に負けない自信をもってほしいと思います。そういえば、昨年RF中学を卒業した選手達(現高1)は、6名も高校野球で甲子園を目指しています。

頑張れ、RF戦士達!目指せ、甲子園!

参考までに以下の記事を参照してみてください。

http://mainichi.jp/senbatsu/08/article/archive/news/2008/03/20080308ddm035050125000c.html

去年の3月の記事です。少し古いですが、軟式出身者が頑張っていることがデータからもわかります。

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チームの中での役割とは

昨日某高校野球部監督のお話を聞く機会がありました。監督の持論は以下の通りでした。

選手にはそれぞれ役割がある。試合でレギュラーとして活躍する人。大きな声を出してチームを盛り上げる人。ボールを拾う人。掃除をしっかりする人。誰が抜けてもチームとして成り立たない。野球部員であれば誰もがレギュラーを目指す。選ばれれば、活躍することでチームの勝利に貢献することは当たり前。選ばれなくても、自分がどういう形でチームに貢献するかを常に考えることが大事。これらが完璧にまとまっているチームが、甲子園で全国制覇できる。それぞれの役割をまっとうし、3年間高校野球を続けてきてよかった、と卒業の時に選手が思ってくれることが私の目標である。そのためには、チームとして大きな目標に立ち向かっていかねばならない。それが甲子園での全国制覇なのだ。

自分の役割を果たす。なかなか難しいことです。私がRFの監督をしていた時、一緒に指導にあたってくれていたコーチ達が、レギュラーを外れた選手達にもそれぞれの役割を意識できるよう指導してくれていました。役割を認識できた選手は、必死にバットやボールを拾いにいったり、大きな声をベンチから出していました。そのことの積み上げで、低学年時代は常にコールド負けだったチームが、6年では8強になるまで力をつけることができたのでしょう。小学生に役割を果たせといってもいきなりは理解できません。少しでも理解できるように教えてあげることも、指導者の役割なのだと思います。

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少年野球指導者になったきっかけ

たかだか10年の指導暦ですが、私が何で少年野球にたずさわるようになったのかが、今となって不思議でなりません。私には野球経験がありません。ただ単にプロ野球観戦が好きなだけでした。(私は小学生から今の横浜ベイスターズ、昔の大洋ホエールズのファンでした。)

私は長男(現高1)が小学1年生になった頃に、縁があってレッドファイヤーズにお世話になりました。私自身学生時代硬式テニス部でしたが、息子には野球をやらせたい、という漠然とした思いがありました。よって小学校に入学したら、すぐに地元の野球チームに入れようと思っていたのです。しかし、当時インターネットの普及もそこそこでしたので、なかなか近くにどういうチームがあるのかわかりませんでした。4月の入学式も終わり、さあどうしたものか、と思っていた時に、ポストにレッドファイヤーズからの体験入団のお知らせが入っていたのがレッドファイヤーズとの出会いの始まりでした。早速週末に長男の手を引っ張って三輪小まで行き、練習風景を鉄棒の後ろで見守っていたものです。その時は、連れていった責任感からただ見ていただけであり、まさか指導者としてレッドファイヤーズに関係するとは夢にも思っていませんでした。結局2週程度体験させていただき入団申し込みをしたのですが、いかんせん長男は小1でしたので練習の送り迎えがてら、私はずっと練習風景を見ている日が1ヶ月程続きました。そんなある日。打撃練習での守備のためファーストについてほしい、とあるコーチに言われたのです。それが私の指導者としての第1歩です。あとはズルズルと練習のお手伝いをしているうちに、ユニフォームが届き、気づくと審判講習会にも出席して、試合の審判までやっていました。まったくの素人が、気づくと指導者になっていたのです。まさに若気の至り。(当時私は31歳でしたから)でも、ここからが苦労の連続です。審判をやると言っても、野球のルールを知らないのです。当時のチームは野球経験者の指導者がたくさんいましたので、素人の私が何でチームに貢献したらいいかを考えた結果、勉強して面倒な審判を引き受けることが私の立ち位置だと考えたのでした。審判講習会で怒鳴られ、試合でも他球団の指導者から罵倒され、本当に悔しい思いをしました。審判では本当に苦労しました。苦労話は後日披露したいと思います。

指導者になったきっかけは、結局まわりからの囲い込みすなわちいきおいでした。体育会系育ちの私が勝手に刺激されて、気づいたらユニフォームを着ていたのです。今やRFも以前と比べてユニフォームを着ている指導者の数が増えてきました。(10年前の3倍くらいはいるでしょう)親子で週末同じ目的で一緒に頑張る。かつ地域貢献もしている。素晴らしい事だと思います。RF指導者としての活動は、平日での仕事における苦労を癒してくれます。私は、今になって思います。初心忘れるべからず。私自身偉そうなことは言えません。監督としてもたくさん失敗しました。失敗を振り返ると、初心を忘れている事が多いのです。是非、「何で自分は指導者をやっているのかな」と時々は振りかえることをお奨めします。そうすると、悩んでいる事の解決の糸口が見えてくるものです。少年野球は選手だけでなく指導者も成長させてくれます。

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親の応援

私達の子供の頃と違って、今は子供のスポーツに親も一緒になって応援しています。少年野球に限らず、中学の部活や高校野球でもそのような光景が見られます。私自身、親が試合を見にきたなんて記憶はありません。(もっとも私は硬式テニス部だったのですが)したがって、中学や高校になってまで親が子供を追っかけるのは「親が子離れできてないんだな」と思っていました。しかし、その考えは間違っているようです。先日、高校野球部の父母会の集いがありました。忘年会でしたので選手もいないなか、余興あり、カラオケありの大盛り上がり。「ここまでやるか。」と私は完全に引き気味になっていました。その様子を見ていた高3選手の親が、「親も楽しんでチームを応援することが大事なんだよ。」と教えてくれました。子供が打ち込んでいる野球というスポーツ。親もそのチームを楽しんで応援していることが、このチームの強さの源なのだと実感しました。子供を応援する親の熱意を、どこかの時期で必ず子供が気づきます。そして親に感謝の気持ちを持つようになります。恥ずかしがらずに子供や所属チームを応援することは、素直な気持ちを持つ子供に育てる基本かもしれません。(私の子供が素直に育っているかは不明ですが)

先日のRFの球団納会にも、たくさんのコーチや親がグランドに足を運んでくれました。本当にほほえましい光景です。特に小学部チームは、親子で野球頑張っている、という雰囲気でした。是非これからも親子で一緒に野球を楽しんでほしいと思います。

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高校野球始動開始

はやくも高校野球の練習が始まりました。長男の高校野球部が、今日から始動開始です。秋季大会敗戦のため残念ながら春の甲子園出場の夢は絶たれましたが、夏に向けて早くも今日から練習です。とにかくこの高校の野球部員は、野球に対して本当にまじめです。監督の指導が行き届いています。今年の目標を四字熟語にして、みんなの前で大きな声で宣誓。声が小さければやり直しです。長男の目標は、「驚天動地」。今年はみんなをあっと驚かせるそうです。きびきびした野球部員は、見てて本当に気持ちがいいですね。中学、高校と大きくなるにつれ、一所懸命が恥ずかしい年頃になってきます。RFの中学生も、だらだら感がかっこいい、と勘違いしてしまっている選手が何人かいます。小学生の頃のように、純粋に大人の話に耳を傾けることが恥ずかしいのでしょう。何となくわかる気がします。でも、彼らの本心は違うでしょう。根性のくさった選手は誰1人いません。高校生のひたむきな気持ち。何が彼らをそこまで夢中にさせるのか。そのヒントを求めて、私は今年高校野球を勉強してRFに還元したいと思います。

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